1. 事案の概要(事実経過・請求内容)
本件は、単一細胞(single cells)由来の核酸を多重解析・計数する技術に関する米国特許第10,155,981号(以下「'981特許」)、第10,240,197号(以下「'197特許」)、および第10,697,013号(以下「'013特許」)の特許権者である10x Genomics, Inc.(以下「10x社」)が、米国特許商標庁の特許審判部(PTAB)による当事者系レビュー(IPR)の最終書面決定(Final Written Decisions)を不服として提起した控訴審判決である。
PTABは、Parse Biosciences, Inc.(以下「Parse社」)の申立てを認め、先行技術文献であるLinnarsson(WO 2010/117620)およびMcCloskey(学術文献)の組み合わせ(一部クレームについてはさらにMcCloskey IIを加えた組み合わせ)に基づき、対象特許の全クレームが進歩性を欠き自明(35 U.S.C. § 103に基づくobviousness)であると判断した。これに対し10x社は、引用文献の組み合わせの動機付け(motivation to combine)の認定や構成要件の充足性認定に誤りがあるとして、PTAB決定の取消しを求めて控訴した。
2. 判決の主文
PTABの最終書面決定を維持(AFFIRMED)する。
3. 主な争点
- 争点1:引用文献(LinnarssonおよびMcCloskey)を組み合わせる動機付け(Motivation to Combine)の有無
当業者(POSITA)が「増幅バイアス(amplification bias)の低減」または「設計上の選択(design choice)」を動機として両文献を組み合わせる動機を有していたか(特にバーコード長の拡張性、全mRNA分子へのタグ付けの要否、適用対象細胞の範囲等)。 - 争点2:'981特許における「相関/関連付け(correlate)」限定事項の開示性
LinnarssonとMcCloskeyの組み合わせが、同定されたポリヌクレオチド配列と個々の細胞とを関連付ける構成を開示しているか。 - 争点3:ライゲーション(Ligation)の採用に関する動機付け
第2のタグ配列を付加する手段としてライゲーションを用いることが、プロセスの柔軟性向上を目的とした自明な設計上の選択であるとしたPTABの認定の当否。 - 争点4:'013特許IPRにおけるPTABの審理手続および判断の適法性
PTABが動機付けに関して10x社が争点化しなかった論点を適切に処理したか、またその判断に取消事由となる実質的瑕疵(harmful error)があるか。
4. 裁判所の判断ロジック(判示の要旨)
CAFCは、自明性(Obviousness)の法的判断をde novo(職権的審理)で、前提となる事実認定(組み合わせの動機付け等)を実質的証拠基準(substantial evidence standard)に基づいて審査し、PTABの認定を全て支持した。
(1) LinnarssonとMcCloskeyの組み合わせの動機付けについて
- バーコード長の拡張性:10x社はMcCloskeyが7塩基バーコードに限定されていると主張したが、McCloskeyには塩基数 $n$ に応じて $4^n$ 個の識別可能なバーコードを生成できる旨の一般原理が明記されており、7塩基に限定されないとしたPTABの認定には実質的証拠が存在する。
- 増幅バイアスの低減とタグ付けの範囲:クレームは細胞内の「すべての」mRNA分子のタグ付けを要求しておらず、対象となる「サンプルポリヌクレオチド(sample polynucleotides)」を増幅前に一意にタグ付けすることで増幅バイアスを低減できるとするParse社の主張および専門家証言には実質的証拠の裏付けがある。
- 対象細胞の限定性:Linnarssonの開示は哺乳類細胞に限定されず、細菌や酵母等の単細胞生物も明示的に含まれているため、適用範囲の広範性に関するPTABの判断に誤りはない。
(2) '981特許の「correlate」要件について
Parse社は細胞特異的タグ(第1タグ)の開示についてMcCloskeyではなくLinnarssonに依拠している。Linnarsson自体がポリヌクレオチドをその由来「細胞」に関連付ける天然タグを開示しているため、先行技術の組み合わせが当該限定事項を開示しているとしたPTABの事実認定は実質的証拠によって支持される。
(3) ライゲーション(Ligation)採用の自明性(設計上の選択)について
本件特許明細書自体がライゲーションを慣用技術と記載している上、第2タグを導入する手段が事実上2通り(プライマー伸長法またはライゲーション)しか存在しない状況において、その一方を選択することは自明な設計上の選択である(ACCO Brands Corp. v. Fellowes, Inc.参照)。また、後段の工程でタグを付加できるという「柔軟性(flexibility)」の向上が動機付けとなる旨の専門家証言等に基づき、PTABの判断は正当であると認められた。
(4) '013特許に関する手続的争点について
10x社がPTAB段階で明示的に争わなかった論点についてPTABが詳細な言及をしなかったとしても審理不尽には当たらず、また他件のIPR決定と平仄が整合していることからも、決定を覆すべき有害な誤り(harmful error)は存在しない。
5. 実務上・判例上の法的なポイント
- 「限られた選択肢(Finite Number of Identified Solutions)」における設計上の選択:
ある要素を実現する技術手段が事実上極めて限定されている場合(本件では2通り)、その中から公知の利点(本件では工程上の柔軟性)を求めて一方を選択することは、KSR規範およびACCO Brands判例に基づき自明と認定されやすいことが再確認された。 - クレーム解釈と先行技術の課題解決能力の整合性:
特許権者が「先行技術の組み合わせでは課題(増幅バイアス低減)を完全に解決できない(全分子のタグ付けができない)」と主張しても、クレーム自体の文言がその完全な網羅性を要求していない場合、当該主張は組み合わせの動機付けを否定する決定打にはならない。 - IPR審判段階での争点化(Waiver/Harmless Error):
PTABでの審理中に明示的に争点化しなかった理由付けの不備を控訴審で主張しても採用されず、行政訴訟における無害な誤りの法理(Harmless Error Rule / In re Watts)により控訴が棄却される実務上のリスクが示されている。
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