1. 事案の概要(事実経過・請求内容)
本件は、Pfizer Inc.(以下「ファイザー」)が所有する肺炎球菌ワクチン組成物に関する米国特許第9,492,559号(以下「’559特許」)に対し、Sanofi Vaccines US Inc.およびSK Bioscience Co., Ltd.(以下「サノフィ」)が当事者対立型レビュー(IPR)を申し立てたことに端を発する手続である。
IPR手続において、ファイザーは従前のクレームに代えて提案代替クレーム(Proposed Substitute Claims)46, 48, 49を追加するクレーム訂正申請(Motion to Amend)を行った。代替クレーム48および49は、特定の血清型(15B, 33F, 12F, 10A, 11A, 8等)の肺炎球菌多糖類結合体(CRM197担体タンパク質に結合)を追加するとともに、「ニュージーランドホワイトウサギへの投与後、組成物に含まれるすべての血清型において血清IgG抗体価がベースラインに対して2-log(100倍)を超えて増加する」という効果的限定(2-log increase limitation)を含んでいた。
特許異議申立審査委員会(PTAB)は、先行技術文献(Hausdorff、Merck-086、GSK-711)の組み合わせに基づき、代替クレーム46, 48, 49は自明(Obvious)であるとして訂正申請を棄却した。第1回目の控訴審において、CAFCはクレーム46に関するPTABの自明性認定を維持したものの、クレーム48および49についてはPTABの理由付けが不十分(実質的証拠の欠如)として差戻し(Remand)を命じた(Pfizer Inc. v. Sanofi Pasteur Inc., 94 F.4th 1341 (Fed. Cir. 2024))。
差戻審において、PTABは先行技術の開示内容およびエキスパート証言を再検討し、当業者(POSA)が追加された血清型を含むすべての血清型において2-log以上の血清IgG上昇を達成することにつき「成功の合理的期待(Reasonable Expectation of Success)」を有していたと認定し、代替クレーム48および49は自明であるとして訂正申請を再度棄却した。これを不服としたファイザーが控訴した。
2. 判決の主文
PTABの決定(ファイザーのクレーム訂正申請を棄却した終局決定)を支持(Affirmed)する。
3. 主な争点
- 争点1: 先行技術内に特定血清型の個別の免疫原性データが存在しない場合における「成功の合理的期待(Reasonable Expectation of Success)」の認定の是非
(代替クレーム48および49で指定された追加血清型(15B, 33F, 12F, 10A, 11A, 8)に関する具体的な2-log増加データが先行技術に存在しない場合であっても、当業者が全血清型での2-log増加達成に成功の合理的期待を有していたと認定できるか) - 争点2: PTABによる自明性(Obviousness)認定および訂正申請棄却における実質的証拠(Substantial Evidence)の有無
4. 裁判所の判断ロジック(判示の要旨)
CAFCは、PTABによる訂正申請棄却決定を行政手続法(APA, 5 U.S.C. § 706(2)(A))に基づき、裁量権の濫用や法令違反がないか審査した。自明性は法的結論(De Novo審査)であるが、結合動機や「成功の合理的期待」の有無は事実認定であり、実質的証拠基準(Substantial Evidence Standard)により審査される。
(1)成功の合理的期待に関する事実認定の妥当性
CAFCは、以下の3つの事実的証拠に基づき、当業者が代替クレーム48および49の全血清型において2-log以上のIgG抗体価上昇を達成することに成功の合理的期待を有していたとするPTABの認定には実質的証拠が存在すると判断した。
- 先行技術(HausdorffのTable 3)において、代替クレーム46で規定された14の血清型のうち13の血清型について2-logを超えるIgG抗体価の上昇が示されていたこと。
- サノフィ側のエキスパート証言により、ワクチンの免疫原性を向上させるためにすべての血清型でIgG抗体価をベースラインより上昇させる明確な技術的動機(Motivation)が存在したと認められること。
- 関連手続におけるエキスパート証言により、CRM197担体タンパク質を用いた結合体においては、既存のワクチン成分の免疫原性に悪影響を与えることなく新たな血清型を追加して良好な免疫を誘導可能であることが当業者に知られていたこと。
(2)規範の定立および当てはめ
ファイザーは「先行技術には追加血清型(15B, 33F, 12F, 10A, 11A, 8)に関する免疫原性データ自体が存在しない」と主張した。しかし、CAFCは「自明性の認定において成功の保証(Guarantee of Success)は要求されず、成功の期待は絶対的(Absolute)である必要はなく合理的(Reasonable)であれば足りる」という判例法理(Pfizer, 94 F.4th at 1352)を再確認した。
対象となった血清型はいずれも既知のものであり、先行技術に特定の血清型のデータが直接記載されていなくても、既存の知見や技術的背景から全血清型での2-log増加達成を見込むことが合理的である以上、PTABが自明と判断したことに裁量権の濫用はないと結論付けた。
5. 実務上・判例上の法的なポイント
(1)数値限定・機能的限定における「成功の合理的期待」の立証基準の明確化
本判決は、先行技術文献内にクレームされた全要素・全数値パラメータの直接的データ(本件における特定の血清型ごとの2-log上昇データ)が存在しない場合であっても、類似の成分構成での成功データや当業者の技術常識・エキスパート証言を組み合わせることで、「成功の合理的期待」が法的・事実的に十分に立証され得ることを示した。
(2)IPRにおけるクレーム訂正(Motion to Amend)実務への示唆
IPRにおいて特許権者が特許性を維持するために代替クレームを提示する際、単に先行技術にデータが存在しない血清型や構成要素を追加し、それに伴う効果(2-log増強等)を機能的限定として加えるのみでは自明性を阻却できない。特許権者側としては、先行技術から「予測できない顕著な効果(Unexpected Results)」が生じていること、または構成要素の追加により相互作用(干渉等)が生じるため成功の合理的期待が否定されること等を、客観的な実験データをもって説得的に立証する必要がある。
(3)「保証」と「合理的期待」の限界の再再確認
医薬品・バイオ分野の特許訴訟において、当事者はしばしば「先行技術に確実なデータがない」ことを理由に自明性を否定しようとするが、CAFCは「100%の確証(Guarantee)」は不要であり、当業者視点での「合理的な予測可能性」があれば自明性(35 U.S.C. § 103)が成立するという原則的立場を堅持していることを実務上留意すべきである。
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