【CAFC / 2026年07月16日】Nos. 2025-1033, 2025-1034 - インクジェットプリンタの温度制御特許に対するIPR決定を支持し自明性による無効を認めた控訴審判決

1. 事案の概要(事実経過・請求内容)

本件は、Slingshot Printing LLC(以下「Slingshot」)が所有する米国特許第7,484,823号(以下「’823特許」)および第7,594,708号(以下「’708特許」)の特許性を巡る控訴審事件である。対象特許は、インクジェットプリンタにおいて、加熱領域(thermal region)ごとに設置された温度センサを用いて領域別の温度を監視・調整する技術に関するものである。代表クレーム(’823特許クレーム1)では、ヒーターアレイ間に「領域」を有し、各領域に「実質的に中央に配置(substantially centrally disposed)」された温度感知エレメントを備え、同エレメントが検知した温度に基づいて加熱を制御・調整する構造が規定されている。

Canon U.S.A., Inc. および キヤノン株式会社(以下「Canon」)は、米国特許商標庁(USPTO)の特許審判審理委員会(PTAB)に対し、当事者系レビュー(IPR)を申し立てた。PTABは、先行技術文献(Benjamin特許およびGiere673特許等)の組み合わせに基づき、’823特許のクレーム1~17および’708特許のクレーム1~15は、米国特許法第103条(35 U.S.C. § 103)に基づく自明性(Obviousness)により非特許性(unpatentable)であるとの最終決定(Final Written Decision)を下した。Slingshotはこの決定を不服として連邦巡回区控訴裁判所(CAFC)に控訴した。

2. 判決の主文

原審(PTAB)の最終決定を支持(AFFIRMED)する。

3. 主な争点

  • 争点1: 後知恵(Hindsight)に基づく判断および自認(Admissions)の認定の可否
    PTABが自明性を判断する際、本件特許明細書自体の記載(背景技術)を不当に利用して後知恵による認定を行ったか否か。
  • 争点2: 先行技術による阻害要因(Teaching Away)の有無
    引用文献(Yabe)の記載が、本願発明の構成を採用することを阻害(teach away)しているか否か、および原審での主張の有無。
  • 争点3: 先行技術の組み合わせの動機付け(Motivation to Combine)および要件充足性
    当業者がコスト増加等の懸念を押して先行技術(Benjamin)に別の先行技術(Giere673)の構成を組み合わせる動機付けが存在するか、ならびに「実質的に中央に配置」という構成要件が教示されているか否か。

4. 裁判所の判断ロジック(判示の要旨)

CAFC(Chen巡回裁判官執筆)は、自明性は法的主張であり、前提となる事実認定は実質的証拠基準(substantial evidence standard)で、法的結論はde novo(新審として)レビューするとの規範を確認した上で、以下のように判示してPTABの決定を維持した。

(1)後知恵の不当利用および先行技術の評価について

Slingshotは、PTABが領域ごとの温度監視・制御という制限を自明と判断するにあたり、本件特許の明細書自体に依存して後知恵による判断を行ったと主張した。しかし、CAFCは、PTABが’823特許の背景(Background)欄を参照したのは「当業界で既に何が知られていたかに関する特許権者側の自認(admissions)」としてのみ扱っており、不当な後知恵には当たらないと判示させた。また、Slingshotによる個々の先行技術文献単体に対する非難は、本件の無効理由が「文献の組み合わせ」に基づいている以上、妥当な反論とは言えないとした(In re Merck & Co., 800 F.2d 1091, 1097 (Fed. Cir. 1986)の法理を再確認)。

(2)阻害要因(Teaching Away)の不成立

Slingshotは、引例(Yabe)が発明の構成を阻害していると主張したが、CAFCはSlingshotが原審(PTAB)においてBenjaminとGiere673の組み合わせに対してこの主張を提起していなかったことを指摘した(権利放棄/Waiver)。仮に実体判断をしたとしても、Yabeの「ヒーターチップの一方の側に温度センサを設けることで、各インク供給口の中央部分にセンサを設ける必要がなくなる」という記載は、特定の配置を不要とする(unnecessary)と述べているに過ぎず、法的な阻害要因(Teaching Away)の基準(Galderma Lab'ys, L.P. v. Tolmar, Inc., 737 F.3d 731, 738 (Fed. Cir. 2013))を満たさないと判示された。

(3)動機付けおよび構成要件の充足性

Slingshotは、追加のTSR(熱感知抵抗器)によるコスト増加や、Benjaminが単一のTSRで基板温度を測定する開示を有することから、当業者には構成を組み合わせる動機付けがないと主張した。しかし、CAFCは「印字品質を最適化するためのより正確な温度測定という技術的利益が、不確定なコスト懸念を上回る」としたPTABの事実認定には十分な根拠(実質的証拠)があると認めた。 また、「実質的に中央に配置(substantially centrally disposed)」の要件についても、Giere673のセンサ脚が「等距離」であり「ヒーターアレイから内側に約680 µmの位置」にあることを示した専門家証言に基づき、先行技術の組み合わせが同構成を教示しているとしたPTABの認定を妥当と結論付けた。

5. 実務上・判例上の法的なポイント

  • 特許明細書「背景技術」欄の自認(Admissions)としての自爆リスク
    特許明細書の「背景技術(Background)」セクションに記載した「従来技術の課題や既知技術」に関する記述は、出願人・特許権者による先行技術の存在に対する「自認(Admissions)」とみなされ、自明性判断の証拠として不利益に採用されるリスクがある。明細書作成時の事実記載には慎重なリーガルチェックが求められる。
  • Teaching Away(阻害要因)の立証ハードルの高さ
    先行技術に「別の手法を用いれば当該構成を置く『必要がなくなる(unnecessary)』」旨の記載があっても、直ちに法的な阻害要因(当業者にその構成の採用を躊躇させる、あるいは明確に否定する記載)とは認定されない。実務上、阻害要因を主張する際は極めて厳格な文脈が必要とされる。
  • 動機付けにおけるコスト vs 性能向上(Trade-off)の評価
    部品点数やコストの増加というマイナス要素が存在する場合であっても、精度向上や品質最適化といった技術的効果(Benefit)が上回ると認定されれば、当業者における「組み合わせの動機付け(Motivation to Combine)」は肯定される。
  • IPR手続きから控訴審への手続的失権(Waiver)の徹底
    PTABの審理段階で明示的に提起しなかった抗弁・主張(本件における特定組み合わせに対するTeaching Away論述)は、CAFCでの控訴審段階で失権(Waiver)とみなされる。IPRの応答手続においては、すべての可能な反論を原審記録に残すことが実務上不可欠である。

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