1. 事案の概要(事実経過・請求内容)
本件は、Slingshot Printing LLC(以下「Slingshot」)が所有する米国特許第7,290,864号(以下「’864特許」)に関する当事者系レビュー(IPR)の控訴審判決である。’864特許は、ボンドパッド(接合パッド)の数を削減したプリントヘッド用ヒーターチップに関する技術を開示している。
被控訴人であるCanon U.S.A., Inc.およびCanon Inc.(以下「キヤノン」)は、’864特許のクレーム1~6および8~20が35 U.S.C. § 103に基づき自明であり無効であるとして米国特許商標庁の特許異議申立・訴願審判審判部(PTAB)にIPRを請求した。PTABは、キヤノンの主張するクレーム解釈を採用し、先行技術(Benjamin144特許、Benjamin703特許、Childers特許)の組み合わせにより、対象クレームはいずれも自明であり特許を受けることができないとする最終書面決定(Final Written Decision)を下した。これを不服とした特許権者Slingshotが控訴(Appeal)を提起した。
2. 判決の主文
PTABの最終書面決定を指示・維持する(AFFIRMED)。
3. 主な争点
- 争点1: クレーム解釈(「physically separated proximal to the bondpad」の文言の意義)
パワートレースの分離位置を示す「ボンドパッドに近接して物理的に分離(physically separated proximal to the bondpad)」というクレーム文言の基準点(比較対象)を「トレースの端部(end of the trace)」と解釈すべきか、それとも「ヒーターアレイ(heater arrays)」と解釈すべきか。 - 争点2: 先行技術の図面に基づく事実認定および自明性認定における実質的証拠(Substantial Evidence)の有無
PTABが先行技術(Benjamin144)の非実尺(not to scale)の図面およびボンドパッドが直接明示されていない図面に基づいて構成要素の相対的位置関係を判定し、従属クレーム3および9の自明性を認めたことが、実質的証拠に基づいているか。
4. 裁判所の判断ロジック(判示の要旨)
CAFC(Chen回路裁判官執筆)は、PTABの法的結論(クレーム解釈)をde novo(新審として)審理し、事実認定については実質的証拠(Substantial Evidence)の有無を審理した上で、以下のとおりPTABの判断を全面的に支持した。
(1)争点1(クレーム解釈)について
Slingshotは、「ボンドパッドに近接して」とは「ヒーターアレイよりもボンドパッドに近い」ことを意味すると主張した。しかし、CAFCはPTABの解釈(「トレースの端部よりもボンドパッドに近い」)を妥当と認めた。クレーム文言上、ヒーターアレイ等の他の構造との比較を求める記載は存在せず、明細書にもそのような解釈を要求する記載はない。「近接性(proximity)」は、ボンドパッドを基準としてトレースに沿って測定されるべきものである。
(2)争点2(先行技術図面の評価と実質的証拠)について
Slingshotは、先行技術(Benjamin144)の図面にはボンドパッドが記載されておらず、かつ正確な縮尺(scale)で描かれていないため、分離位置の認定根拠にはならないと主張した。これに対しCAFCは以下のように判示して主張を退けた。
- ボンドパッドの位置認定:PTABはBenjamin144の図面のみに依存したのではなく、Benjamin703や当事者専門家の証言を総合し、当業者(POSITA)であればボンドパッドがヒーターチップの端部に位置すると理解するという明確な事実認定を行っており、実質的証拠が存在する。
- 図面の証拠力:CAFCの判例法(Nystrom v. TREX Co., 424 F.3d 1136, 1149 (Fed. Cir. 2005))によれば、特許図面の基本的な視覚的観察(basic visual examination)を行うこと自体は禁止されていない。PTABは図面から「精密な比率(precise proportions)」や「特定のサイズ(particular sizes)」を抽出したのではなく、構成要素間の一般的な「相対的距離(general relative distances)」を比較・評価したにとどまるため、法的に正当である。
5. 実務上・判例上の法的なポイント
1. 先行技術における図面(Patent Drawings)の証拠力と活用限界の再確認
実力・実尺(to scale)でない特許図面であっても、正確な法的寸法や比率を導出するのではなく、当業者の専門知識や他の先行技術文献・専門家証言と組み合わせて「構成要素相互の一般的な位置関係や相対距離」を判定・確定するための証拠として用いることは許容されるという判例法理(Nystromの規範)が再確認された。図面評価を争う際の実務上の攻撃防御において重要な指針となる。
2. クレーム解釈における比較対象の限定読み込みの禁止
クレーム文言に記載のない外部構成要素(本件ではヒーターアレイ)を勝手に比較基準として持ち込むクレーム解釈は退けられる。明細書やクレーム自体に明示的な根拠がない限り、文言の客観的意味に従って測定・評価基準が定められるという基本的な解釈原則が厳格に適用されている。
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