1. 事案の概要(事実経過・請求内容)
当事者:控訴人 WAG Acquisition, LLC(特許権者・以下「WAG」)、被控訴人 John A. Squires(米国特許商標庁(USPTO)長官代理)
対象特許:米国特許第8,327,011号(以下「’011特許」)「Streaming Media Buffering System」
事実経過:’011特許は、インターネット等のメディアソースからコンテンツをダウンロードしながら視聴・再生する「バッファリング」技術に関するものである。第三者(Friendfinder Networks Inc.等)が’011特許のクレーム1(独立項)および4(従属項)について再審査(Reexamination)を請求した。USPTOの審査官は、先行技術文献である米国特許第6,005,600号(以下「Hill」)により両クレームの新規性が否定される(Anticipated)として拒絶査定を下し、特許審判審決委員会(PTAB)もこれを支持した。WAGはPTABの再審理棄却決定を受けて、連邦巡回区控訴裁判所(CAFC)に抗訴した。
原告(WAG)の主張:Hillは、クレーム1の構成要件[1.i.1](シリアル番号による外部ソースへの送信リクエスト)および構成要件[1.g](最後に受信した要素のシリアル番号の記録維持)、ならびに従属クレーム4(再生速度より高速なデータ受信)を開示しておらず、PTABの新規性欠如の判断には誤りがある。
2. 判決の主文
PTABの最終決定を支持する(AFFIRMED)。’011特許のクレーム1および4は、先行技術Hillにより新規性を欠く(Anticipated)。
3. 主な争点
- 争点1: クレーム1構成要件[1.i.1](シリアル番号で識別されるメディアデータの送信リクエスト)の新規性否定(Hillによる開示の有無)
- 争点2: クレーム1構成要件[1.g](最後に受信・記憶されたデータのシリアル番号の記録維持)の新規性否定(Hillによる開示の有無)
- 争点3: 従属クレーム4(再生速度を超える速度でのデータ受信制限)のクレーム解釈および新規性否定
4. 裁判所の判断ロジック(判示の要旨)
CAFCは、PTABのクレーム解釈をde novo(即時審理・完全な法的審査)で審査し、新規性(Anticipation)に関する事実認定については「実質的証拠の基準(Substantial Evidence Standard)」により審査した。
(1)争点1について:構成要件[1.i.1]の充足性
PTABは、Hillの「cliplist manager 116」が外部ソース(インターネットサイト等)に対して「global frame number(シリアル番号に相当)」を含むリクエストを送信するプロトコルを開示していると認定した。WAGは、クレームがインターネット経由の送信に限定されるべきであり、PTABが非インターネット送信まで含める広範な暗黙のクレーム解釈を行ったと主張した。しかしCAFCは、WAGが主張する狭い解釈(インターネット経由限定)を前提としても、Hillが「インターネット上のサイト等の外部サーバーからの取得」を明記しているため、PTABの事実認定は実質的証拠に裏付けられていると判示し、クレーム解釈の適否を判断するまでもなくPTABの結論を維持した。
(2)争点2について:構成要件[1.g]の充足性
構成要件[1.g]は「バッファ内に受信され記憶された最後のメディアデータ要素のシリアル番号の記録を維持する」ことを要求する。WAGは、PTABが「最後にリクエストされた要素」と「最後に受信された要素」を不当に同視したと主張した。CAFCは、Hillのバッファマネージャが次に必要なフレームを特定する際、バッファに記憶された最後のフレームのglobal frame numberを確認して「1」を加算する仕組み、および追加されたフレームの番号を記憶する仕組みを有していることを指摘した。次にリクエストするフレームを決定する出発点として最後にリクエスト/受信したフレーム番号を利用するためには、最後に受信したフレーム番号をメモリに保持していると認めるのが合理的な推論であり、PTABの認定は実質的証拠に基づくものと認めた。
(3)争点3について:従属クレーム4の解釈と充足性
従属クレーム4は「再生速度よりも速い速度で所定数のメディアデータ要素を受信する」ことを規定している。WAGは、これが「個々のフレームそれぞれが再生速度より速く送信されること」を意味すると狭く解釈すべきだと主張した。しかしCAFCは、クレーム文言は全体の受領速度が再生速度より速いこと(aggregate rate)を定めているに過ぎず、個々のデータ要素の送信速度を限定する内部証拠(intrinsic evidence)は存在しないと判示してWAGの解釈を退けた。その上で、Hillが「再生速度24 fpsに対して最大48 fpsで供給する」実施形態を開示していることから、従属クレーム4の新規性欠如認定を支持した。
5. 実務上・判例上の法的なポイント
1. クレーム解釈における明細書未記載の限定付加の禁止(Phillips基準の再確認)
特許権者が先行技術を回避するために後付けで狭いクレーム解釈(例:「個々のパケットの送信速度の限定」や「インターネット通信限定」等)を主張しても、クレーム文言や明細書等の内部証拠(intrinsic evidence)に裏付けがない場合、裁判所は広範な平易の意味(plain and customary meaning)を採用する。権利化時およびライセンス・訴訟時において、クレーム文言の抽象度と先行技術の範囲とのバランスを厳密に考慮する必要がある。
2. PTABの事実認定に対する控訴審での審査基準(Substantial Evidence)の壁
新規性(Anticipation)の有無は事実認定事項であり、CAFCはPTABの判断を「実質的証拠(Substantial Evidence)」の基準で審査する。先行技術に明確な文言上の記載がなくとも、先行技術の技術思想から合理的に導き出せる論理的推論(例:次に必要なデータを決定するために直前に受信したデータの識別子を保持していること)に基づいてPTABがなした認定は、覆すことが非常に困難である。
0 件のコメント:
コメントを投稿